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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)122号 判決

原告(反訴被告)

日本酒類販売株式会社

ほか一名

被告(反訴原告)

新井俊夫こと朴世鎬

主文

1  反訴被告(原告)らは各自反訴原告(被告)に対し、金一九万八八〇三円及び内金一六万八八〇三円に対する昭和六一年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴原告(被告)のその余の各請求を棄却する。

3  原告(反訴被告)らの請求をいずれも却下する。

4  訴訟費用は、本訴、反訴を通じてこれを五〇分し、その一を原告(反訴被告)らの、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

5  この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 原告(反訴被告、以下本訴、反訴を通じ「原告」という。)らの被告(反訴原告、以下本訴、反訴を通じ「被告」という。)に対する別紙目録記載の交通事故に基づく各金四八〇〇万円の損害賠償債務及び内金四六五〇万円に対する昭和六一年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金債務が存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告らは各自被告に対し、金四八〇〇万円及び内金四六五〇万円に対する昭和六一年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 第1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

被告は原告らに対し、本訴請求の趣旨第1項記載の本件事故に基づく各損害賠償債権を有するものと主張する。

しかし、原告らの被告に対する本件事故に基づく右の各損害賠償債務は存在しないので、その不存在の確認を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

被告が原告らに対し、原告ら主張のような権利主張をしていることは認める。

三  本訴抗弁及び反訴請求の原因

1  事故の発生

原告岡崎は、本件事故を発生させた。

2  責任

原告岡崎は、下り坂になつている前記場所にエンジンをかけたままブレーキを踏んで被告車に続き停止したのであるから、被告車が発進して同車との車間距離が安全な距離になるまで自車のブレーキを踏み続け、その安全を確認して発進し、被告車との衝突を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、足元に落ちた書類を拾おうとしてブレーキから足を外した過失により自車を発進させて本件事故を発生させたものである。したがつて、原告岡崎は、民法七〇九条に基づき、被告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償する責任がある。

また、原告日本酒類販売株式会社(以下「原告会社」という。)は、本件事故当時、岡崎車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告が本件事故により傷害を受けたことによつて被つた後記損害を賠償する責任があり、自己の従業員である原告岡崎が原告会社の業務を執行中に前記過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七一五条一項に基づき、被告が本件事故により被つた後記物的損害を賠償する責任がある。

3  被告の受傷、治療経過、後遺障害

被告は、本件事故により頸部捻挫の傷害を受け、昭和六〇年一〇月二二日小川病院に通院し、同年同月二四日から同年一一月二六日まで(三四日間)明石仁十病院に入院し、同年一一月三〇日から同年一二月一〇日までの間(実日数九日)大阪港湾病院に通院し、同年同月一一日から昭和六一年五月七日までの間(実日数九一日)神戸大学医学部付属病院に通院して治療を受けた。しかし、被告の右傷害は、結局完治せず、昭和六一年五月七日、頸部痛及び頸椎部の運動障害(前屈三〇度、後屈四〇度、右屈二五度、左屈三五度、右回旋三〇度、左回旋六〇度)といつた後遺障害を残存させたままその症状が固定するに至つた。被告の右後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表後遺障害等級表第九級一〇号(「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」)に該当する。

4  損害

(一) 治療費 金一九万五五四〇円

被告は、前記入通院中の治療費として、金一九万五五四〇円を支出した。

(二) 入院雑費 金三九二〇円

被告は、前記入院期間中、金三九二〇円の雑費を支出した。

(三) 通院交通費 金四万五六〇〇円

被告は、前記通院中の交通費として、金四万五六〇〇円を支出した。

(四) 休業損害 金九七五万円

被告は、本件事故当時四四歳の健康な男子で、輸入及び産業廃棄物の処理を業務とする株式会社亜細亜産業の役員をするとともに、政治結社正鵠会に勤務して年間一八〇〇万円の収入を得ていたところ、本件事故による傷害のため六・五か月間休業せざるを得ず、金九七五万円の得べかりし収入を得られなかつた。

(五) 後遺障害による逸失利益 金三二三四万四二〇〇円

被告の後遺障害の内容・程度、被告の職業は前記のとおりであるから、被告の後遺障害による労働能力喪失率は三五パーセント、労働能力喪失期間は症状固定日ののち六年間である。そして、被告の本件事故当時の収入は前記のとおりであるから、右の間に被告が失うことになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の症状固定時における現価を求めると、次の計算式のとおり、金三二三四万四二〇〇円となる。

8,000,000×0.35×5.134=32,344,200

(六) 慰謝料 金五七二万円

被告が本件事故により被つた精神的・肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、前記入通院の期間に応じて算出した金一〇三万円と、後遺障害の程度に応じて算出した金四六九万円の合計額である金五七二万円が相当である。

(七) 修理代 金八万六八〇〇円

本件事故により被告所有の被告車が破損し、その修理代として、金八万六八〇〇円を支出した。

(八) 弁護士費用 金一五〇万円

被告は、本訴の提起及び追行を弁護士である被告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として、金一五〇万円の支払を約した。

以上合計 金四九六四万六〇六〇円

5  損害の填補

被告は、原告らから本件損害賠償として金七〇万円の支払を受けた。

6  結論

よつて、被告は原告らそれぞれに対し、4の合計額から5の既払額を控除した金四八九四万六〇六〇円の損害賠償金の内金四八〇〇万円及び弁護士費用を除く内金四六五〇万円に対する不法行為の日ののちである昭和六一年九月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  本訴抗弁及び反訴請求の原因に対する認否

1  本訴抗弁及び反訴請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告岡崎が被告主張のような過失により本件事故を発生させたこと及び原告会社が本件事故当時岡崎車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであることは認める。

3  同3の事実中、被告がその主張のとおり病院に入通院して治療を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故は、軽四輪車である岡崎車が自然発進の形で停止していた二〇〇〇CCの大型車である被告車に追突したもので、その速度はせいぜい時速数キロメートルに満たない程度のものにすぎず、岡崎車及び被告車の損傷の程度も、岡崎車の前部バンパー及び被告車の後部バンパーに擦過痕を残すのみであつて、本件事故による衝撃は極めて軽微なものであつた。そして、被告は、車内で運転席に坐り、カセツト操作のため前屈みになつた時に追突を受け、その衝撃により体が座席に戻つたものである。したがつて、被告は、体全体が座席に戻つているのであつて、特に頸部に衝撃を受けるはずがなく、これらの点に照らせば、本件事故によつては何らの傷害をも受けていないものというべきである。

仮に、被告が本件事故により何らかの傷害を負つたとしても、それは極めて軽微なものであつて、入院の必要性はなく、被告主張のように長期間の治療を要するものでもなく、まして後遺障害が残存するようなことはなかつた。すなわち、被告の症状は、神経根の脱落症状はなく、腱反射は上下肢とも低下してきており、当初認められた肩胛上神経領域の圧痛、頸部の可動制限以外には他覚的所見はなく、吐気や頭痛の自覚症状を中心とするもので、その吐気も昭和六〇年一〇月二五日以降消失している。被告は、事故当日小川病院に通院したのち、昭和六〇年一〇月二四日から同年一一月二六日まで三四日間明石仁十病院に入院しているが、右病院は被告の自宅から遠く離れた地にあり、被告が右病院に赴いたのは、被告が右病院において既往症である代謝性筋症により治療を受けていた医師がいたので入院し易かつたからであり、同病院に入院して一週間経過した同月三一日以降は、外出外泊を繰り返して満足な治療を受けていない。また、被告は、同年一二月一一日から昭和六一年五月七日までの間(実日数九一日)神戸大学医学部付属病院に通院して治療を受けているが、同病院もまた被告の自宅から遠く離れており、その皮膚科では火傷の、内科では肝臓及び代謝性筋症の治療を受けていたので、その治療の折に整形外科でも治療を受けたというものにすぎず、その治療内容も、二週間に一度医師が経過を聴き、牽引をするというだけのものであつた。

また仮に、本件事故により被告にその主張のような傷害及び後遺障害が生じたとしても、被告にはもともと強度の変形性頸椎症が存在し、これが被告の症状の発現に大きく寄与しているものであるから、被告の損害を算定するに当たつては、右寄与度に応じた減額がなされるべきである。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

理由

一  本訴請求について

原告らの本訴請求は、前記のとおり、被告に対し本件事故に基づく各金四八〇〇万円の損害賠償債務及び内金四六五〇万円に対する昭和六一年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金債務の不存在確認を求めるものであるところ、被告の原告らに対する反訴各請求は、右の債務不存在確認請求におけるのと同一内容の債権の履行を求めるものである。ところで、被告の反訴において、その請求が認容されれば、右債権の存在を前提としてより直接的に右債権の履行が命ぜられるのであり、その請求が棄却されれば口頭弁論終結時における右債権の不存在が既判力をもつて確定されるべきものである。そうだとすると、本訴におけるのと同内容の積極的な給付請求が維持されたまま弁論を終結した本件においては、原告らの本訴各請求はいずれも訴えの利益を欠き、不適法といわざるを得ないものである。したがつて、以下被告の反訴各請求の理由の有無につき判断することとする。

二  事故の発生及び責任

反訴請求の原因1の事実及び2の事実中、原告岡崎が被告主張のような過失により本件事故を発生させたこと、原告会社が本件事故当時岡崎車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことはいずれも当事者間に争いがなく、原告会社は、自己の従業員である原告岡崎が原告会社の業務を執行中に前記過失によつて本件事故を発生させたことを明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。右の事実によれば、原告岡崎は、民法七〇九条に基づき被告が本件事故によつて被つた損害を、原告会社は、自賠法三条に基づき被告が本件事故により傷害を受けたことによつて被つた損害を、民法七一五条一項に基づき被告が本件事故により被つた物的損害をそれぞれ賠償する責任があるものというべきである。

三  被告の受傷、治療経過、後遺障害等

被告がその主張のとおり病院に入通院して治療を受けたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第二、第三、第五号証、乙第五ないし第八号証、第九号証の一ないし六、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一六号証、証人伊賀文計、同島崎和久の各証言によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、本件事故当日の昭和六〇年一〇月二二日、小川病院において診断を受けたが、同病院においては、被告の頸部に硬直が見られたことなどから頸部挫傷により七日間の通院治療を要するものと診断された。

2  次いで、被告は、同年同月二四日から同年一一月二六日まで(三四日間)明石仁十病院に入院して治療を受けたが、同病院の主治医は、被告が昭和四七、八年ころ以降神戸大学医学部付属病院で代謝性筋症の治療を受けていた時の主治医で、専門が内科であつたため、他の整形外科医及び神経内科医の診察をも受けさせたうえ、それらを参酌して被告の治療に当たつた。右病院における被告に対する診療においては、頸椎のX線撮影により経年性のものと認められる第五、第六頸椎に著明な棘突起形成、椎間板隙狭少化が認められたほかは異常がなく、神経根の障害を示すような筋力低下、感覚減退、腱反射の障害等は認められなかつた。しかし、被告は、入院当初から頸部痛、嘔吐感、頭痛など痛みを中心とする症状を訴え続け、入院当初のころは現に嘔吐することもあり、入院中、右鎖骨上内側領域に圧痛が、頸の屈曲、伸展、右旋回時に肩及び頸部痛が、頸の右旋回時に軽度の可動制限が認められ、これらのことから担当医は、被告の受けた頸椎捻挫が前記変形性頸椎症により増強されたものであるとの診断をしている。もつとも、右病院において主治医が被告を入院させた原因となつた嘔吐又は嘔吐感があつたのは、入院当初だけであり、入院三日目の昭和六〇年一〇月二六日以降は被告から吐気の訴えも頭痛の訴えもなくなつており、主治医は、同月二八日には一五キログラムの頸椎牽引を、同月二九日には静注の中止を指示している。そして、被告は、入院してから一週間経過した同月三一日からは頻繁に外出外泊を繰り返すようになり、それ以降退院までの二七日間のうち、外出は四日、外泊は実に一六回を数えた。

3  被告は、昭和六〇年一一月三〇日から同年一二月一〇日までの間(実日数九日)大阪港湾病院に通院して治療を受けたが、同病院においては、頸椎前・側屈時頸部に疼痛があるとして頸椎牽引と薬物の投与を受けただけであつた。

4  また、被告は、昭和六〇年一二月一一日から昭和六一年五月七日までの間(実日数九一日)、その皮膚科において火傷による左手の拘縮等、その内科において代謝性筋症の治療を受けていた神戸大学医学部付属病院の整形外科に通院して治療を受けるようになつたが、被告が右整形外科で治療を受けるようになつたのは、皮膚科及び内科から頸椎についての診療を依頼されたことによるものであつた。そして、右整形外科における診療において、被告に前記第五、第六頸椎に著明な加齢性の変化が認められたほかは明確な他覚的所見は認められず、頸椎部に若干の運動障害(前屈三〇度、後屈四〇度、右屈二五度、左屈三五度、右回旋三〇度、左回旋六〇度、ただし、自動によるもの。)がある以外は被告自身が頸部痛を訴えるだけであつた。したがつて、右整形外科における被告に対する治療内容も、被告が皮膚科及び内科で診療を受ける際、二週間に一度医師が経過を聴き、牽引をするという程度のもので、積極的治療を施すというものではなかつた。もつとも、被告の訴える頸部痛は、右整形外科における治療によつて徐々に軽減され、昭和六一年三月ころ以降はほとんど消失していた。以上のような状況を前提として、右整形外科の主治医である島崎和久医師は、被告に生じた症状は既存の頸椎症性変化があつたところに外傷機転が加わつて生じたものと診断している。

5  被告に生じたとされる頸椎捻挫の前記症状は、被告の既存障害である前記左手の拘縮等及び代謝性筋症とは何ら関係のないものであつた。

以上のとおりであつて、右認定の事実及び前記争いのない事実によれば、被告は本件事故により頸部捻挫の傷害を受けたものと推認するのが相当である。原告らは、本件事故は本件事故の状況からみても岡崎車と被告車の損傷の状況からみても極めて軽微なものであつて、被告に頸部捻挫の傷害が生ずるはずはないと主張するが、被告に第五、第六頸椎の著明な加齢性変化による既存障害が存在したこと、本件事故が発生したことは前記のとおりであり、証人伊賀文計の証言によれば、極めて軽微な衝撃によつても頸椎捻挫の症状が発症することもあることが認められるので、本件事故が軽微であつたことをもつて前記推認を妨げるものとみることはできず、本件事故直後から他覚的所見を含む頸部捻挫の症状が現われ、他にその原因となるべき事情の認められない本件においては、本件事故により被告に頸部捻挫の傷害が生じたものと推認するのが相当というべきである。

ところで、前記認定の事実によれば、被告には、終始神経根の障害を示すような筋力低下、感覚減退、腱反射の障害はなく、当初認められた嘔吐又は嘔吐感や頭痛の訴えも昭和六〇年一〇月二六日以降は消失し、他覚的所見である頸部の硬直は同月二四日以降、右鎖骨上内側領域の圧痛は同年一一月三〇日以降認められなくなつて、それ以降継続しているのは、被告の愁訴である頸部痛と頸部の若干の運動制限(それも自動によるもの)だけといつてよく、明石仁十病院を退院した後の同年一一月二七日以降は症状の著変なく、昭和六一年三月ころ以降はその症状はほとんど消失しており、同年一〇月二九日には主治医に静注の中止を指示され、そのころ以降の治療は、頸部牽引と投薬が中心で、さして積極的な治療は行われておらず、被告は、明石仁十病院に入院してから一週間経過した同月三一日以降頻繁に外出外泊を繰り返しているものである。このような被告の症状の内容及び経過、治療状況に照らせば、被告の頸部捻挫による症状は、昭和六一年二月末日をもつて治癒し、何らの後遺障害を残していないものと認めるのが相当であり、入院の必要性が認められるのは、被告の嘔吐感や頭痛の訴えがなくなり、静注が中止されて頸椎牽引が開始され、頻繁な外出外泊のなされるようになつた直前の昭和六〇年一〇月三〇日までの七日間と認めるのが相当である。もつとも、前掲甲第五号証、乙第五号証によれば、前記島崎医師は、被告の症状固定日は昭和六一年五月七日であり、頸部痛及び頸椎部の運動障害といつた後遺障害が残存した旨の後遺障害診断書を作成していることが認められるが、同医師の証言によれば、右診断書は、被告の求めによりその主訴に副つてこれをそのまま前提として作成したもので、被告の他覚的所見をも考慮に容れると、被告に後遺障害は残存しておらず、被告の症状固定日についても前記認定のとおり解する余地があることが認められるので、右の各記載をもつて前記認定を左右するものとはいえず、他に前記の認定を動かし得るような証拠は存在しない。

そして、前記の事実によれば、被告には、本件事故前、第五、第六頸椎の著明な加齢性変化による既存障害が存在し、これが素因となつて比較的軽微な本件事故による衝撃によつて前記症状が発症したもので、本件事故による人的損害の発生については、右素因が少なくとも五割は寄与しているものと認められる。したがつて、本件事故による人的損害を算定するに当たつては、右素因の寄与度に応じ、五割を減額した額と認めるのが相当である。

四  損害

1  治療費

前掲乙第八、第一一、第一三、第一五号証及び弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる同第三一ないし第三八、第四六、第四八ないし第五三、第五五ないし第七二、第七四ないし第九〇号証によれば、被告は、昭和六〇年一〇月二二日から昭和六一年二月末日までの前記各病院における治療費として、少なくとも金一九万五五四〇円を支出したことが認められる。

2  入院雑費

被告の前記入院期間中、入院の必要性が認められるのは、昭和六〇年一〇月二四日から同月三〇日までの七日間であることは前記のとおりであるところ、被告は、経験則上右の間一日当たり金一三〇〇円、合計九一〇〇円の雑費を要したものと認められる。

3  通院交通費

被告の昭和六一年五月七日までの前記各病院に対する入通院の実日数は、前記のとおり入院三四日、通院一〇一日であるが、同年三月一日から同年五月七日までの通院治療が必要なものと認められないことは前記のとおりであるところ、前掲乙第八号証によれば、その間の通院実日数は四二日と認められるので、同年二月末日までの通院実日数は五九日となる。そして、被告の前記入院期間中、入院の必要性が認められるのは七日間だけであるが、前記の事実によれば、その余の二七日については通院治療の必要性はあつたものと認められる。したがつて、被告が前記治癒の日までに必要かつ相当であつた通院日数は八六日と認められるところ、その通院に必要かつ相当な交通費の額は、経験則上金四万五六〇〇円を下らないものと認められる。

4  休業損害

成立に争いのない甲第六号証、乙第一八、第二一号証、被告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる同第一、第二号証によれば、被告は、本件事故当時四四歳の男子で、輸入及び産業廃棄物の処理を業務とする株式会社亜細亜産業の役員をするとともに、政治結社正鵠会に勤務し、昭和五八年度は金六九六万円、昭和五九年度は金一八〇〇万円の収入を得ていたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。ところで、右認定の被告の職業及び前記三において認定した被告の症状、治療状況に照らせば、被告は、本件事故による前記傷害のため、昭和六〇年一〇月二二日から同月三〇日までの九日間は全く就業することができず、同月三一日から同年一一月二六日までの二七日間は二〇パーセント、同年一一月二七日から昭和六一年二月末日までの九四日間は一〇パーセントの就業制限を受けていたものと認めるのが相当である。したがつて、被告は、本件事故に遭わなければ、前記事故前二年間の収入額の平均である年間一二四八万円を基準として前記の制限を受けない収入を得られたものと推認することができ、次の計算式のとおり、合計八一万三七六五円の得べかりし利益を失つた。

(12,480,000÷365×9)+(12,480,000÷365×27×0.2)+(12,480,000÷365×94×0.1)=813,765

5  慰謝料

被告が本件事故により前記傷害を受けたことにより被つた精神的・肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金五〇万円が相当と認められる。

6  修理代

成立に争いのない甲第四号証の二、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第一三七、第一三八号証及び被告本人尋問の結果によれば、本件事故により被告所有の被告車が破損し、被告は、その修理代として、金八万六八〇〇円を支出したことが認められる。

7  小括

以上によれば、被告の受けた傷害による損害合計は金一五六万四〇〇五円となるところ、前記素因の寄与度に応じた五割の損害額の減額をすると、その額は、金七八万二〇〇三円となり、これに6記載の修理代を加えると、金八六万八八〇三円となる。

8  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、被告は、本訴の提起及び追行を弁護士である被告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は、金三万円と認めるのが相当である。

五  損害の填補

反訴請求の原因5の事実は当事者間に争いがない。

六  結論

以上の次第で、被告の反訴各請求は、四の1ないし7記載の金額から五記載の既払額を控除し、これに四8記載の弁護士費用を加えた各金一九万八八〇三円の損害賠償金及び弁護士費用を除く内金一六万八八〇三円に対する本件事故の日ののちである昭和六一年九月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余の各請求は理由がないのでいずれも棄却し、原告の本訴各請求は、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九〇条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下滿)

(別紙) 目録

原告岡崎は、昭和六〇年一〇月二二日午後五時五〇分ころ、大阪市東区農人橋二丁目三一番地先路上において、軽四輪貨物自動車(なにわ四〇く七三二六号、以下「岡崎車」という。)を運転して進行中、前方に停止していた被告運転の普通乗用自動車(なにわ五五の一四九五号、以下「被告車」という。)の後部に自車の前部を追突させた(以下「本件事故」という。)。

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